「好きなこと(仕事)だけをして生きていく」は、どこかで行き詰る

私は「好きなこと(仕事)だけをして生きていく」という言説に懐疑的です。
「好きなことだけをして生きていく」を言い換えれば、「今知っている世界だけで生きていく」です。視野の狭い発想だと思います。

色々な人生経験を積み、様々な世界を見てきた方が言うのなら、まだ分かります。20代からこのような生き方をしようとする人もいるため、本当に大丈夫かと思ってしまいます。

少し話はそれますが、私は、武田鉄也のラジオ番組『今朝の三枚おろし』が好きでよく聞いています。ラジオの主旨を平たく言えば、武田鉄也の書評ラジオです。これが、思いのほか面白いのです。私ならまずチョイスしない本が紹介され、「そんな世界があるのか」「そんな考え方があるのか」と毎回唸らされます。ラジオの影響で、一体何冊購入したか分かりません。

もう一つ私事ですが、最近、スケッチを始めました。理由は不得手だからです。私は好きなことを意識的にやろうとはしません。好きなことなら意識しなくても勝手にやるからです。意識すべきことは“意識しなければ視界に入らない分野”です。この分野を視界に入れるためにも、私はあえて苦手なことに意識を向けて、視界に入れるようにしています。

好きなことだけをしている人から見たら、理解できない行動かもしれません。もしかしたら、イカれた人に映るかもしれません。もちろん、好きなことをするのは結構なことです。ですが、それ“だけ”をしていて、本当に大丈夫なのか、そのうち、好きなことですら深く掘れなくなるのではないかと思うわけです。

先日、私と似た考えが記されている書籍をたまたま見つけました。『集中力はいらない』(著者 森 博嗣)です。一文を紹介します。

集中思考をしている人は、自分の好きなものを決めつけ、そればかりを探しているから、どんどん見える範囲が狭くなっていく。
深めればそれが専門になることもあるが、その道で大成するには、どこかで大局的な視点を持たなければならなくなるだろう。まして、一般の人であれば、ただ反応するだけに終始、その対象も自分が好ましいと思うもの、自分が興味のあるもの、自分の願望に沿ったものに限られるので、自ずと、発想は生まれず、いつまでも同じ領域でマンネリに陥るだけになる。
分散志向をしている人は、できるだけ対象から離れようとする本能的な方向性を持つようになる。これが、発散思考と呼べるだろう。どうしてそうなるかといえば、分散志向をしているうちに発想したものが、まるで違う分野、遠い場所からヒントを見つけた結果であり、思わぬ得をした経験が重なるためである。だから、今まで自分が見ていない領域へ足を踏み入れようとする。まだ新しいものがあるはずだ、と常に探している。自分の好き嫌いに関係はないし、また自分の願望あるいは意見にも関わらない。そうではく、自分が持っている信念を打ち砕くようなものに出合いたいと思っているからだ。(p127-128)

私は昔、日本の家屋や家具が嫌いでした。それが、NHK番組『美の壺』を見るようになってからは、日本の家屋や家具の奥深さを知り、今では大好きです。

ほかにも、「嫌いだったものを好きになる」という経験を何度も重ね、私の考え方は大きく変わりました。「私が嫌いだと思っていたものは、単に私がその魅力に気づいていないだけなんだ」と。

世界は面白いことに満ち満ちています。自分は興味がない世界でも、人生をかけて情熱を傾ける人がいます。ということは、それだけの魅力がその世界には本当はあるのです。ただ、自分がそのことに気づいてないだけなのです。

自分で自分の可能性を閉じないでほしい。
「好きなことだけをして生きていく」は、他の知らない世界を切る捨てる、可能性を閉じた考え方です。「自分には○○が合っている」と考えるのも同じです。自分がまだ出合っていない、自分と相性の良いものが、世界にはまだまだいっぱいあるかもしれません。

そんなふうに考えているわけですから、「好きなことだけをして生きていく」の言説を目にするたび、私は「どうして自分の知らない世界の魅力を知ろうとしないのだろう?」と疑問に思ってしまいます。

 

 

好きなことばかりしていては、発想力が育たない


これからのビジネスにおいて、発想力は極めて重要な能力です。論理的な仕事はすべてAIに代替される(されやすい)ため、それ以外の能力(発想力や表現力)がなければ、生き残ることが難しくなるからです。それに、発想力さえあれば、好きな仕事をブレイクスルーさせることも可能になります。職を守るためにも、仕事を飛躍させるためにも、発想力はとても大切な能力なのです。

では、発想力はどこから生まれてくるのか。それは、どれだけ専門外の世界に触れているかが大きく関与しています。

書籍『新版 これからの思考の教科書』(著 酒井 穣)にこんな一文があります。

「アイディアとは、既存の要素の新しい組み合わせにすぎない」という指摘は多数存在します。こうした「新しい組み合わせ」の発見には、シネクティクス(Synectics)という名前が与えられています。シネクティクスという言葉は、「異質なものを結びつける」という意味のギリシャ語をベースにしている造語です。(中略)
10の知識がある人と、100の知識がある人のシネクティクス力は10倍ではありません。10の知識の組み合わせと100の知識の組み合わせは数学的に考えれば100倍以上も違うからです。(中略)
さて、知識量という意味で、ラテラル・シンキングに読書の習慣が影響するのは当然として、認識しておくべきなのは、カバーしているテーマの幅の重要性です。どれぐらい自分の専門分野から遠いテーマの本まで読んでいるかどうかで、ラテラル・シンキングにおける象徴類推力は決まってしまいます。(p96-100)

引用文に出てきた「ラテラル・シンキング」は、「発想力」と置き換えてもらって問題ありません。つまり、発想力は、自分の専門分野からどれほど遠いテーマの知識を持っているかが重要だ、と書かれていたのです。

総括になりますが、私が言いたいことは以下です。
好きなことだけをして生きていくためにも、好きなことをより深めるためにも、好きなことをブレイクスルーさせるためにも、好きなこと以外のことに目を向ける必要がある、です。

こうした観点から、ぜひ、世界を広げてみてください。

 

 

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