「情弱ビジネス」「信者ビジネス」と揶揄する人は、「思考弱者」

「情弱ビジネス」という言葉があります。
情報弱者を相手にビジネスをすることをそう指すようです。でも、よくよく考えてみると、教科書や専門書、塾やセミナーなどの商品・サービスは、すべからず情弱ビジネスです。士業、代行業やコンサルも情弱ビジネスにあたるでしょう。

専門外のことに関しては誰だって情弱ですし、その情報差を埋めるために消費者がお金を払うことはおかしなことではありません。売り手と買い手との相対的な情報差を埋めるビジネスは、昔からありますし、今後もなくなることはないでしょう。こんなこと誰だって気づきそうなものです。もしかしたら、「情弱ビジネス」と揶揄する人たちは、相対的な情報差の意味ではなく、絶対的な情報差の意味で使っているのかもしれません。

絶対的情弱とは、「情報にアクセスができない、または下手、そして、情報の真偽を確かめる能力・道具を持っていない」です。これなら、「情弱ビジネス」と揶揄するのも分からなくはありません。ネットに疎いお年寄りに高値で何かを売りつけるのは、確かに「情弱ビジネス」と言えるでしょう。ただ、「情弱」と揶揄されている人たちが、必ずしもお年寄りというわけではありません。

たとえば、オンラインサロンへ入会する人たちも「情弱」と揶揄されることがあります。しかし、サロンに入会する人たちは、20~40代とネットに慣れ親しんできた世代です。この世代は、似たような情報がネット上に溢れていることぐらい知っているでしょうし、検索する能力や精査する能力も備わっています。そんな彼ら彼女らを「情報弱者」と見るのは、違うと思うのです。

私が思うに、情報が溢れ過ぎているため、信用できる人から情報を得たいと考えたのではないでしょうか。つまり、確かな情報に触れるために、情報を取捨選択するのではなく、人を取捨選択したのです。サロンを見てみても、情報というよりは運営者に人が集まっている印象です。「この人は信用できる。だから、この人の情報も信用できる」なのです。傍目から見たら、教祖と信者の関係に見えるかも知れません。

そう言えば、サロンビジネスは「信者ビジネス」と揶揄されることもありますよね。「情弱ビジネス」よりも的を射ていると思います。ただ、私から見て「信者ビジネス」は、本来、揶揄ではなく、称賛や褒め言葉だと思っています。

そもそも人は、強い共感と信用がないと信者にはなりません。信者が多いということは、大勢から共感と信用を勝ち得たということです。ビジネスは信者(ファン)を多く作れるほど成長・安定します。そういう意味では、信者ビジネスができること自体、ビジネスとして称賛すべきことではないでしょうか。だからこそと言うべきか、消費者側も「情報を見極める目」から「人を見極める目」が必要になります。ある意味、情報を見極めるよりも大変です。

「情弱ビジネス」「信者ビジネス」と揶揄するのは構いませんが、なぜそうなっているのか、と一考してみることも大切です。浅はかな批判は、思考停止と同じです。それでは世の中の変化に気づけません。もしかしたら、「情弱ビジネス」と揶揄する人は「思考弱者」なのかも知れませんね。

 

 

関連記事

6,700名が購読!! 1日10秒で読める商売繁盛365の知恵
中小企業に特化したマーケティングがすべて学べる!
「客単価を倍にする一言」「口コミが生まれる5つの条件」「販促効果を倍増させる7種の限定性」「ニュースに取り上げられる8つの企画」「売れるネーミング7つの条件」「新商品をヒット商品にする2つの方法」「新規事業の成否を決める3要素」「集客商品に必要な5つの条件」などの商売繁盛に役立つノウハウを毎日(365日間)配信。

Webでは教えられないノウハウばかり。ハッキリ言って登録した者勝ちです。

※登録後、仮登録のメールが届きます。指定のリンクをクリックしたら登録完了です。